2013年6月30日日曜日

とおれ~ない~よ~~~(泣)

。うゅし麗嫌機御も日本




<?たっゃちっ爲くしかおでの日昨りぱっや?のたしうど官令司
<しるてっ爲に体字旧?のな逆右左で何、かて

?ねか事の何
?ぞる居てい書り通も時何は私




<。いしかおりぱっや、やーい






?うゃちとんとい憑り取か何>






<?なかのるてし係関が事の日昨





うょしまい貰てしい祓御、ずえ敢り取>








ほっとしました、司令官さん……>


いやぁ、まさか加g……ゲフンゲフンに取り憑かれるとはねぇ。






<で、今日の建造はどうだったのよ?




瑞鶴さんが來たのと全く同じ條件だったんだけど……



あ、旧字体混じってはるで。>

……それ位はいいや。
で、來たのは……鳳翔さんでした。





<次はまた明日ね。ボーキサイトが足んないし。




確かにねぇ……




燃料はぎょうさんあるんやね。>


うん、燃料は今のところ困ってないけど、意外と弾薬がねぇ……
とりあえず、朝から何回も防空射撃演習を繰り返しやってためてるんだけど、なかなかねぇ。



さて。


現在の最強(?)編成である第一巡洋艦隊で2-4に突っ込んでみました。
行けぇ!敵艦を殲滅してやれぇぇ!

一つ目の艦隊はあっさり撃破。(スクショ取り損ねた)
で、一番北側の航路へ。

二つ目の艦隊も、那智さんが小破してしまいましたが戦術的勝利。





しかし……






三つ目の艦隊で那智さんと青葉さんが航空攻撃によって大破してしまったので、已む無く撤退。

バケツを使って修理してすぐに再突撃しましたが、今度は北東の航路へ向かい、敵航空機の猛攻に三隻が大破。
これでは埒が明かないと思ったので、 
編成を新たに、出撃!


出撃ー


…………

……


迷子ぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉぉおお!!!
なんで東に行ってくれなかったんだよー!
ここまで小破二隻だけだったのにー!!
(最後のここだけで大破一隻、中破一隻、小破二隻の被害)


今日は諦めた自分。果たして2-4突破は何時になるやら……

ではでは~♪

2013年6月29日土曜日

報告。

……ええ、まさかとは思いましたよ、はい。

建造のボタンを押したら、建造時間が、


06:00:00


なんて馬鹿みたいに長い時間だったもんで、何だろうと思って高速建造突っ込んだんですよ。


で、第一艦隊の旗艦にしてた赤城先輩が、「機動部隊に、新しい艦が参加できます」って言ったから、ぽちっとなしたんですよ。










そうしたら……






































あばっっばっばばばっっばばっば!!!!!!???????

くぁwせdrftgyふじこlp;!!?!?!??!?!?!?!?





しっ、司令官さん!?>








<……あー、こりゃ重症ね。思考回路止まってるわ。






しっかしよく建造できたもんや。>
昨日まで「加賀先輩来ねー」って騒いではったのに。> 






<ホントに。何があったのかしらね?




悪いことが起こらなければ良いんですが……>








というわけで。
まさかまさかの瑞鶴さんが来ました。
レシピは、
300/300/500/600
司令官Lv.31、秘書艦娘は赤城先輩、Lv.23でした。

参考になれば幸いです。

この記事はここら辺で。ではでは~♪

重巡洋艦隊のススメ の続き

(この記事を閲覧される場合は、先に(重)巡洋艦隊のススメを閲覧されることをお勧めします)

あれから演習と出撃を積み重ね、



 新たに4隻を改造。これにより、
重巡洋艦隊の全てが改造済みになりました。



さて。

タイトルにもありますが、今回はこの艦隊を例に装備品によってどれくらい総合力が変わるかの検証をしました。

今回検証した装備は20.3cm連装砲、61cm四連装(酸素)魚雷、12.7cm連装高角砲の3種類です。

まずは、こちら。


はい。いかにも火力重視型、といったこの組み合わせだと、総合力はこうなります。

















やはり火力が突出してますね。
それに伴って、対空も若干高くなってます。



次に。

一番下だけ酸素魚雷にしました。


















若干グラフがきれいな形になってます。
ただ、若干対空が低いです。



三つ目に。

一番下を12.7cm連装高角砲にしました。
















対空も改善されてますが、同時に火力も向上しています。
雷装は……しかたない(笑)




最後に。

下二つを酸素魚雷と高角砲にしてみました。













うーん……
グラフの形はよくなりましたが、なんか物足りない……


……あ、そっか。
今までの全部火力が飛び出してたから平均的なのに物足りなさを感じるのか(笑)



やってみて思いましたが、全員同じじゃないほうが色々いいかもしれません。
まあ、そのあたりで個性が出て面白いと思います。


ではでは~♪

2013年6月27日木曜日

エラー娘が変わってた。



……なんかこの子には怒れねぇ。こんばんは。

さて、昨日から重巡さんたちを育ててるんですが、


愛宕さん改、来ました。
いやぁ、巡洋艦隊がますます強くなっていきます。













そういえば、もうひとつ報告が。



イェェェエエアァァァァァァァ!!!!!!!!


ビクッ!Σ
しっ、司令官さん!?>




あっ、ごめん羽黒ちゃん……






<なに?今度こそ頭おかしくなったの?




何でそうなるんだよ、そう!
見ればわかるでしょ、見れば。
瑞鳳さん来ましたぁぁぁぁ!

参考までに、300/300/500/600、司令官Lv.30、秘書艦は赤城Lv.23でした。
……いやぁ、まさか加賀先輩狙ってて出てくるとは。びっくりしました。

ではでは~♪

2013年6月26日水曜日

(重)巡洋艦隊のススメ

皆さんは巡洋艦はどうやって扱ってますか?
自分は、重巡洋艦のみ(あるいは1・2隻の軽巡洋艦を含む)の艦隊を主力として扱ってます。
その艦隊がこちら。

え?何だこれはって?ただの重巡洋艦のみの艦隊ですよ。
火力がおかしい?そんなことないですよ。雷装を外し、20.3cm連装砲を3基搭載してるんですよ。(ちなみにこの場合砲の不足から加古さんだけ20.3cm連装砲+15.5cm三連装砲+25mm連装機銃になっている)

ちなみに、どれだけの戦果を上げることができるかというと、演習で、


この敵艦隊を、

ここまですることができるんです!!
レベルのことも考えてみてください。すごいでしょ?
重巡洋艦にはこれだけの力があるんです!
もちろん、魚雷を装備させて雷撃能力をアップさせたり、機銃や高角砲を装備させて対空防御力を高めることもできちゃうんです!
こんなマルチロール性、戦艦や空母にはありません!!
さぁ、皆さんも是非巡洋艦を活用しましょう!



なんか宣伝みたいだな(笑)まあいっか。

とまあ、最近は育てるのもかねてこの艦隊で1-4とか2-1を回ったりもしています。
で、先ほどの画像を見ていただくと、艦隊名が「第二巡洋艦隊」となってるのがわかると思います。
なぜ第二かといいますと、
 第一艦隊がこんなことになってるからです。
川内さんに水雷戦隊の旗艦をお願いして、レベル上げをしています。
レベル上げ対象の艦が多くて大変です、はい。



そして。


ついに。

足柄さん改きました!
これにより、第二巡洋艦隊の戦力は、

このようになりました。
……いやぁ、つええぇ。火力が恐ろしすぎる。
戦艦なしでこの火力は、正直初めてグラフを見たときは自分でも驚きました。
「なんだこれは」って。
でも、本当に強いです。自分なりにですが、ちょっと艦が揃い始めたころからこういう艦隊を使うと良いんじゃないか、と思います。


ではでは~♪

2013年6月25日火曜日

重巡洋艦、羽黒について

そういえば羽黒ちゃん。



司令官さん……何でしょう?>


いや、羽黒ちゃんの……その……思い出したくないかもしれないけど、轟沈したときのセリフが気になって、調べてみたんだ。





そうなんですか……>

……ここに書いていってもいい?






……はい、大丈夫です。>

……じゃあ。



重巡洋艦『羽黒』














(上の写真は昭和11年4月13日の羽黒)

発注 大正12年度艦艇補充計画 
起工 1925年3月16日 
進水 1928年3月24日 
就役 1929年4月25日 
その後 1945年5月16日戦没 
除籍 1945年6月20日 

性能諸元

排水量 13,963トン 
全長 203.76m、水線長:201.63m、垂線間長:192.48m 
全幅 19.0m、水線幅:17.86m 
吃水 10.97m、平均:6.23m 
機関 ロ号艦本式重油専燃缶12基、艦本式高低圧タービン4組、130,000shp、重油搭載量:2,470t 
最大速 35.6ノット 
航続距離 7,000浬(14ノット時) 
乗員 773名 
兵装 50口径3年式2号20cm(20.3cm)連装砲 5基
40口径89式12.7cm連装高角砲 4基
 保式13mm4連装機銃 2基
 留式7.7mm機銃単装 2基
92式4連装魚雷発射管 2基(使用魚雷 90式61cm16本) 
航空機 水偵:4機、射出機:呉式2号5型2基 


一等巡洋艦。妙高型1万トン重巡4隻中の4番艦として、三菱造船長崎造船所(現・三菱重工長崎造船所)にて建造され1929年(昭和4年)4月25日に竣工し、同日付で佐世保を本籍と定められた。
なお、羽黒は艦内の調度品や塗装、通風設備を同時期に長崎造船所で建造されていた客船浅間丸を参考にしたものとされ、イギリス海軍の影響が強かった艦内艤装を日本式に改めたものとなった。

就役後は第二艦隊第四戦隊に所属。その後1931年(昭和6年)に排煙の問題から煙突を延長する工事を行い、1934年(昭和9年)5月から1935年(昭和10年)10月には第一次改装を、1938年(昭和14年)1月から同年12月にかけては第二次改装を行い高角砲や機銃、魚雷発射管といった兵装の換装や増設、艦橋構造の改正、航空設備の拡充や船体へのバルジ装着などを行った。
1941年(昭和16年)12月の太平洋戦争開戦時には第二艦隊第五戦隊に所属し、フィリピン攻略に参加する。




確か……開戦の少し前だったかな?>





そうらしいよ。
(解説によると昭和16年3月上旬らしい。
艦首から艦橋構造物を見上げた写真)








1942年(昭和17年)にはスラバヤ沖海戦でイギリス巡洋艦エクセターに直撃弾を与え、その後も珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、第二次ソロモン海戦など数々の海戦に参加した。




これは……
スラバヤ沖海戦の
直前ですね




そうみたいだね。
(解説によると、この海戦は、砲身は焼け、ペンキは焼け落ちるというほど激しいものだった、とある)






1943年(昭和18年)11月、アメリカ軍が上陸したブーゲンビル島近海の輸送船団を攻撃するため羽黒、妙高で編成された第五戦隊は水雷戦隊を率いてラバウルを出撃したが、ブーゲンビル島沖でアメリカ艦隊と交戦(ブーゲンビル島沖海戦)、羽黒も被弾した。



















(上写真は1943年のラバウル空襲下の羽黒)


トラック島空襲直前の1944年(昭和19年)2月10日に第五戦隊の羽黒、妙高、第四戦隊と第十七駆逐隊はトラックを離れ、2月13日にパラオに到着。羽黒は3月9日にバリックパパンに向けて出港し、3月12日に到着。次いでタラカンに向かい、それから3月22日にパラオに戻った。

パラオ大空襲直前の3月29日にパラオを脱出し、ダバオを経由して4月9日にリンガ泊地に着いた。
5月11未明、リンガ泊地の日本艦隊は出港しタウィタウィへ向かった。
第五戦隊は一日遅れで出港し、15日にタウィタウィに着いた。

5月27日、アメリカ軍がビアクに来攻。
それを受けて29日に渾作戦が発令され、羽黒は警戒隊として作戦に参加した。
5月30日にタウィタウィを出発し、31日にダバオに入港。
6月2日にダバオを出撃し、陸軍部隊を乗せた輸送隊を護衛してビアクへ向かったが、3日に敵機に接触されたため作戦は一時中止となり、警戒隊はダバオに戻った。
9日、ハルマヘラ島バチャン泊地に進出。
12日には渾作戦に投入されることになった戦艦大和、武蔵などもバチャン泊地に到着したが、アメリカ軍のサイパンへの襲来により作戦中止となり、渾作戦部隊は13日にバチャン泊地を出港して16日に機動部隊と合流し、マリアナ沖海戦に参加した。

マリアナ沖海戦後は機動部隊と共に日本本土に帰還、その後妙高と共にシンガポール方面に移動、リンガ泊地での訓練を経て1944年(昭和19年)10月にはレイテ沖海戦に参加、10月25日のサマール沖海戦ではアメリカ護衛空母の艦載機によって2番砲塔に爆弾を受け損傷した。
その後は南西方面艦隊の指揮下に入り、レイテ沖海戦後シンガポールに係留されていた妙高や高雄と共にシンガポールに待機していたが、羽黒の損傷は妙高や高雄と比較して軽度であったので、南西方面艦隊に編入されていた足柄などと同様に輸送作戦に従事することとなった。

1945年(昭和20年)5月12日、陸軍の要請により、アンダマン諸島への輸送任務に駆逐艦「神風」とともに出撃。(ペナン沖海戦)
1945年(昭和20年)5月16日、イギリス海軍機の攻撃を受け損傷する。
翌17日マラッカ海峡にてイギリス駆逐艦「ソマーズ」「ヴィーナス」「ヴィラーゴ」「ヴェルラム」「ヴィジラアント」と交戦する。(ペナン沖海戦)。
イギリス駆逐艦に主砲の命中弾を与えて先制するが英駆逐艦の雷撃を受けた。羽黒は損傷のために速度を制限せざる得ない状況であり、戦場からの離脱を断念。随伴する神風を離脱させた。
15日正午過ぎに敵哨戒機に接触される。午後1時30分には敵艦隊出現の情報電も入手した。このため一時退避することとしてペナンの方向に向首。
16日午前零時10分、間もなくマラッカ海峡に入ろうとする時、敵(英国)駆逐隊と至近距離で遭遇、直ちに左砲戦。

主砲の二斉射目が敵の1番艦に命中して、これを轟沈。2番艦に目標を変えようとした時、前部砲塔下に魚雷を受けた。
速力が急速に落ち、艦は左に30度傾斜。
敵弾は絶え間なく命中し、機械室にも魚雷が命中して航行不能となる。
敵駆逐艦3隻は停止中の羽黒の周囲を廻りながら砲火を浴びせた。
ついに前甲板は海中に没し、左に大きく傾斜。
総員退去が令せられたが乗員は勇を振るって最後まで射撃を続けていた。
羽黒には最終的に3本の魚雷が命中し、5月16日午前3時25分(02:32?)、ペナン沖合ムカ岬の南西48浬の地点で船首部分から沈没した。
同乗していた橋本信太郎中将、艦長杉浦嘉十大佐以下400名あまりが戦没した。320名が引き返してきた神風に救助された。


その後60年近くを経て、2003年(平成15年)に「羽黒」の船体はダイバーによって海面下66mで発見された。船体は海底に甲板側を上にして着底しているが、船体上部の損傷は大きく、艦橋やマスト、煙突に破壊の跡が確認できる。
平成17年3月ペナン沖水深64メートルの海底から引き揚げられた羽黒の艦橋左舷舷窓枠が慰霊碑正面に装着されている。



轟沈のとき言った言葉……そういうことだったんだね……



……はい、わたしはもう駄目かも知れなかったんですけど、
……まだ無事な神風さんには、……生き残ってほしかったんです


なるほどねぇ……
……でも、もう轟沈させないから。がんばろう!




はい、がんばります!>







戦歴について調べていると、以下のものがヒットした。
実際の体験談で、とても興味深い。








参考:Wikipedia、写真|日本の軍艦 第5巻